免疫の下がったところで風邪がきましたよ。でもおいしいスープ作ってあったかくなったら、鼻水どんどん出ていい感じ。1時間以上弱火で煮込んだから、鶏のスペアリブがほろほろでいい感じ。やっぱり骨付き肉は旨いなあ。才能って、他人が利用するのにありがたい、あるいは都合の良いものではあるが、本人的にはいらんなと思った。自分が自分にとって嘘のない表現が出来ているかどうかだけが真に重要で、あとのものはそうでもない。自分が感動するのはそこの部分だし、それが見れたときその人に見せてくれてありがとうと思うな、と思った。だって才能があるかどうかがその人の価値じゃないもん。あってもなくても、その人の魂がそこにあって換えようが無いのだもん、その人が存在するという以上の意味も価値もないんだもん。だけど、その人の魂がどんどん殻をはがしてむき出しになっている、その人自身を見せてくれている時、他の何にも代わらないその人自身が表現されている時、それは掛け替えがない。ああ、でもそれって簡単じゃないのかもな、人によっては簡単でも。お友達が貸してくれた本に、「人が成長する時期に、なかなか超えられそうにもない、というような人たちと間近に接することが~のちの人生ですごい財産になった」というようなことが書いてあって、まさに今月はそういう気分で、くくく・・・どんなにどう頑張っても実力しか出ねえよ、という心境を味わいました。ありがたいことでした。やさしい、素朴な楽譜で、「まずはこっから始めたらよろし」と言われてる思いがしました。それでやっぱり風邪をひきました。でも風邪ひいて良かったと思う。4日寝たので春に対する身体の備えはばっちりでしょう。他の色んなことを後回しにして、家の中がめちゃめちゃなまま本番に力を注ぎ込むのじゃなくて、毎日の日常生活に満足して、大切にしたまま、久しぶりに板に乗っかれたのが、自分的には良かったです。小手先の、無意味、飛び道具、いらん、無防備に笑った顔やしかめっ面が醜いかもしれんというのもどうでもいいや、格好もつけられない、人参の真ん中の甘い所だけ小さく削りだして供するんでなく、ホールフードで行きますよ。わたしを作ってるもの全部。わたしがつながりを持っているもの全部。自分の声が嫌だ、あの人の声がいい、耳が鈍い、あの人の耳がいい、身体が太い、あの人の身体がいい、とどんなに思ってても、結局何かするにはこの身体を使うわけで、自分の、まあここは恥ずかしくないかな、ちゃんとしてるかな、良いと思ってもらえるかな、というパートで人と関係を取るのでなく、もういい、この全部まるごとわたしですから、泣いても笑っても、というところに行けたとき、初めて本当にすごい人の本当にすごいことがちょっとだけ分かってきた。そしてその逆もね。才能、でなく磨き抜かれた感性を。でも、まあ、分かった気がしてるだけかな。多分。
免疫の下がったところで風邪がきましたよ。でもおいしいスープ作ってあったかくなったら、鼻水どんどん出ていい感じ。1時間以上弱火で煮込んだから、鶏のスペアリブがほろほろでいい感じ。やっぱり骨付き肉は旨いなあ。才能って、他人が利用するのにありがたい、あるいは都合の良いものではあるが、本人的にはいらんなと思った。自分が自分にとって嘘のない表現が出来ているかどうかだけが真に重要で、あとのものはそうでもない。自分が感動するのはそこの部分だし、それが見れたときその人に見せてくれてありがとうと思うな、と思った。だって才能があるかどうかがその人の価値じゃないもん。あってもなくても、その人の魂がそこにあって換えようが無いのだもん、その人が存在するという以上の意味も価値もないんだもん。だけど、その人の魂がどんどん殻をはがしてむき出しになっている、その人自身を見せてくれている時、他の何にも代わらないその人自身が表現されている時、それは掛け替えがない。ああ、でもそれって簡単じゃないのかもな、人によっては簡単でも。お友達が貸してくれた本に、「人が成長する時期に、なかなか超えられそうにもない、というような人たちと間近に接することが~のちの人生ですごい財産になった」というようなことが書いてあって、まさに今月はそういう気分で、くくく・・・どんなにどう頑張っても実力しか出ねえよ、という心境を味わいました。ありがたいことでした。やさしい、素朴な楽譜で、「まずはこっから始めたらよろし」と言われてる思いがしました。それでやっぱり風邪をひきました。でも風邪ひいて良かったと思う。4日寝たので春に対する身体の備えはばっちりでしょう。他の色んなことを後回しにして、家の中がめちゃめちゃなまま本番に力を注ぎ込むのじゃなくて、毎日の日常生活に満足して、大切にしたまま、久しぶりに板に乗っかれたのが、自分的には良かったです。小手先の、無意味、飛び道具、いらん、無防備に笑った顔やしかめっ面が醜いかもしれんというのもどうでもいいや、格好もつけられない、人参の真ん中の甘い所だけ小さく削りだして供するんでなく、ホールフードで行きますよ。わたしを作ってるもの全部。わたしがつながりを持っているもの全部。自分の声が嫌だ、あの人の声がいい、耳が鈍い、あの人の耳がいい、身体が太い、あの人の身体がいい、とどんなに思ってても、結局何かするにはこの身体を使うわけで、自分の、まあここは恥ずかしくないかな、ちゃんとしてるかな、良いと思ってもらえるかな、というパートで人と関係を取るのでなく、もういい、この全部まるごとわたしですから、泣いても笑っても、というところに行けたとき、初めて本当にすごい人の本当にすごいことがちょっとだけ分かってきた。そしてその逆もね。才能、でなく磨き抜かれた感性を。でも、まあ、分かった気がしてるだけかな。多分。