| 20140530 |


 相変わらず産婦人科の先生とはネガティブコミュニケーション。すごくよく切れる料理ばさみを買った。研ぎにも出せる。一生使える。タマちゃん(胎児)のジャケットをコットンの糸で編んだりして、真っ白でとってもかわいいんだけど、真っ白って着ていくときあるのかな、と出来上がりが近づいてきた今頃思った。でも真っ白のメンズのシャツが欲しい。自分に。真っ白って子供いると汚れるよな、と思いつつも欲しい。いっぱい汚せばいいや!服でも靴でも、メンズの方がすてきに見える。しっかり作られてて機能的で美しい。一度、女性物をきちんと着ようと思った時があったんだけど、最近ズボンもどんどんユニセックスになっていく。前世は男だったのかな。それか男の方が多いのか。Yくん(旦那)は、「タマちゃんが生まれたらご飯作ってあげるのが一番楽しみ」と言っている。Yくんの前世の中で一番幸せだったのは、女性、しかも主婦だったんだろう。彼のがよっぽど妊婦の経験者みたいな感じがして頼れる。家庭的な喜びに充足する人なのに、都心のオフィスで遅くまで働いてちょっとかわいそうだ。昨日は残っちゃった餃子の餡が冷凍してあったので、皮を作って水餃子にした。大抵のレシピは中力粉で作るんだけど、強力粉と混ぜ合わせる薄力粉が見当たらなくて強力粉だけで作った。全然美味しかった。そしてその後よく見える所に薄力粉が置いてあったのに気づいた。神谷整子さんの本に、「妊婦は毎日2時間歩け」と書いてあって、安定期に入ったら歩こう、30分からちょっとずつ伸ばして1ヶ月くらいで2時間歩けるようにしよう、と思って、まだ3日に1回30~40分歩くくらいしか出来ていない。そして昨日いきなり2時間にチャレンジした!家から30分歩くと玉川上水がある。川沿いがずっと、茂った木が迫ってくるようで気持ちがいい。土の上とか砂利の上とか、歩いているとほっとする。結構距離あると思ってたのに、母校の大学の最寄り駅まで歩いていけるのが分かって、そこで折り返して帰ってきた。いつもの見慣れた我が家である愛すべき団地や、その周りが、実に見事にコンクリートで一面覆われていて、不自然な異世界のように感じた。翌日は足も背中もじんじんして重い。なんか股関節もがたがたする。でも1日で筋肉痛になるならいいじゃん、毎日やったら背中もむきむきのマッチョな妊婦になれるかも、と思ってやる気が出た。この1ヶ月で随分お腹が出てきたので、立って靴下履く時はどこかに寄りかかるんだけど、歩いた後はすちゃっと片足で立ったよ。やっぱり筋力を鍛えて身体を安定させないと、日々骨格や重心が変わるのについていけないんだな、と、身のこなしが確実に変わって感動、この感動をモチベーションに続けたい、夏が来ても…!そういえば写真にコーヒーが写ってますが、これはカフェインレスです。デカフェとカフェインレスって違うらしい。デカフェは二酸化炭素を使って99%以上カフェインを除去、カフェインレスは水で何度も洗って、97%くらいのカフェインを除去。味はカフェインレスの方がいいらしい。最近初めて猪子寿之さんという人を知って、「年齢を超えては繋がりあえないし、理解しあえない。理解しあえてる人は逆にマズイ」「もちろんニコニコはするよ。お辞儀もするよ。なんなら土下座もするよ。ただ、何がいいか何が悪いか、これがいいと思うものは、上の世代にとってダメだった。本質的にいいと思うことが違うのは、しょうがいないっていうか、理解しあえない。」と言っているのを見て、もちろんわたしは産婦人科の医者(5、60代か)の顔を思い出して、まさしく!と元気が出た。今の日本を支えてる世代、動かしている世代に肯定されることを、もう下の世代は目指してないんだ、上からの評価がもはや自分の肯定感とは無関係になってる、そういうストリームがもうあるんだ、と思った。言ってみれば、大人の理屈と子供の理屈と、子供の理屈の持ってる真理が大人の理屈に屈服しなくなってきてる、というような。子供が大人の要求に沿って成長して認めてもらうことにもう価値を感じてない、というような。だけど大人が、子供の理屈に勇気を持って飛び込んだり認めたりすることが出来ないのを、無理ないよ、許そう、というような。これはすごいことですよ。上司の「こんなんじゃだめだ!やり直し!」という判断を、部下がもう信用しないってことだから。そんなのより、自分の価値基準で判断するってことだから。でも遅かれ早かれその段階って来るんだけどね。医者に「自己責任で好きにして下さい」と言われたとて、上司の「やり直し!」を信用する事だって自己責任に含まれるからね。「あなたみたいな人、他に殆どいませんよ」と言われたとて、殆どの人に共感されなかったとて、わたしに何かが足りないと思う必要はないんだな、と思えて元気が出た。あなたがわたしの価値観が理解出来ないのは仕方のないことです。その上で、あなたはわたしの価値観を尊重する事は可能ですか?ってことなんだな、きっと。