| 20140919 |

 この間あんまん作ってみた。あんまんと野菜まん。皮作るのも包むのも餃子より遥かに簡単だった!あとYくんが焼売作るのを一緒に手伝う。こちらも簡単。こっちの皮は買ったやつ。今日は助産院の講習会へ。出産間際の最後の講習会。臨月のお腹を抱えて、何人ものママ達が集まって、大爆笑したり泣いたり、すてきなママばっかりでいいなあ、いい空間。そういえば、あの場には人数の倍の数の魂がそこにあったんだわね。みんなでお昼を食べて、出産のシュミレーションを4パターンもする。そこの助産院は今年3回もTVで取り上げられていて、「助産師で知らない人はいないんじゃないかなあ」とスタッフの言うところの人で、そうと知らず近所で選んだところで、でも知る程に、付き合いが深まる程に、本当にここで良かったなあと思う。まだ産んでないけど。最近にわかに、今履いている空気パンツについて聞かれることが多くて、今日も講習の途中で話題になり、一度に20人くらいの人に、空気パンツのことであんなに注目を浴び、空気パンツであんなに興味を持たれることってかつて無かったので、なんかどぎまぎしてしまった。興味の無い人にはまったくスルーされ、求めている人にはスッと通る、空気パンツ。空気パンツの良さを理路整然と簡潔に説明するのは難しいんだよー。でもわたしは生涯を共にしたいパンツであります。空気ブラもです。なんだか、人との繋がりのなかで教えてもらって出会ってきたいいものが、力をくれてるな、身に付いてるな、自分を作ってるな、という心強さみたいのが嬉しい。パンツに限らず。腹巻きもかっこいい草木染めで、腹を出すと興味を持たれる。友達の友達が染めてるんだよーすごいすてきな人なんだよー、パワフルだよね、いいよねこの腹巻き、と思い、通じている…!!という驚きと、喜びがあり、自分が豊かだと感じるものがいかに豊かか、それってたくさんの人と共感出来なくても、自分が知っていればいいと、どこかでいじけてる長い時間がかつてあり、ここへきて、スッと、トントントンと、ひっかかりなく話が進むのが、パンツしかり、腹巻きしかり、鉄のフライパンとか、貧血の話になると鉄製の調理器具の話になったりして、「鉄のフライパンは美味しくなるよね~」って言われると、「そうそう」って、わたし達夫婦はドイツのタークというフライパンを非常に愛しているのです、貧血にならなかったのも君たちのお陰です!すばらしいよ、ありがとうターク、ありがとう南部鉄、この一方的な愛が報われた感じ、なんだかいつも自分が使う言葉を使って話が通じているよ、相手の言語に合わせようとしなくても通じている、限られた数人の友達じゃなく、初対面の人に、数回しか会ってない人にこの感じ、久しく無かったな、子供の頃みたいな垣根を感じていない感じ、自分の居場所が変わってきたんだな、タマちゃんが連れてきてくれたんだな、ここまで、と思う。助産院が取り上げられた番組は、出産のトラウマがテーマの重ーく悲しーい暗ーいテーマで、番組の録画があったけど重すぎてちゃんと見られなかったけど、それでも現実には99%の人が病院で産むし、人々はそれを肯定している。99%の人と1%の人は何が違うのか。論理的に言えば、病院が安全で安心である、というのは正しくて、もうそれは唯一絶対正しくて、論破出来ない。とわたしは思う。「助産」にまつわる人々が考える出産という体験は、全然論理的じゃない。だけど本質に近い。抽象的な、あるいはファンタジーと言ってもいい、人類が途切れずに続いてきた、それって命が全体として地球上で肯定され続けてきたということで、そこにアクセスする、人類が共通で持ち続けてきた自分の中の何か、自分の肉体に対する信頼、自分の可能性に対する期待、身体を作っているものに対する興味、自分の選んだものがひとつひとつ積み上がって自分が作られている実感、そういうものに、理屈を超えてリアリティを感じる人達。というか自分。わたし。は少なくともそう。身体をつくることに興味がある。選ばされるのじゃなく、自分が選んでいる。自分の人生を能動的に生きている。そうでない人には、助産院で産めるように自分をマネージするのはそれまでの日常とあまりに違って辛いと感じるかもしれない。いい顔しているママたちがすごく多い。胎児の成長と共に、いろんなことをポジティブに肯定している、オープンマインドになっていく、変化を肯定していく、すてきな人達。一緒に笑ったり勉強したり出来て、わたしはその時間をリラックスしてエンジョイしている。予定日まであと10日。