| 20150928 |


 移住してきてから思ったのは、30歳前後の若い世代が移住者の中に多いということ。都心でバリバリ無茶するくらいに働いて、お金も使って、身体を壊して、価値観がシフトして移住、というパターンから、別に失敗を経なくてもいい新しい世代なんだなあと思う。都市部での成功みたいなものと、お金の使い方と、そのことで経験出来る都市的な体験を、自分の人生の中でそんなに重視していないんだなあ、そこらへんに豊かさを感じていないんだなあ、というところも新しい世代だなあと思う。わたしの場合は葛藤があったので、心の中ではここに至るまでにすんなり行かなかったけど、そんな葛藤もあまり無さそう。それはつまり、「豊かさ」とか「成功」が、自分で定義出来る世代である、ということだと思う。島では70代80代が現役で中心的、彼らは島で生まれ育っている。その子世代50代40代は皆島を出て、都市部で家庭や家を持っている。おそらく、島に残るのは能力がなかったからだ、という価値観を教わってしまった世代なのかなと思う。でもその下の世代に価値観の転換が起き始めているようで、上の二つの世代のカルマを超えていけるくらいに、時代が進んだということなのかもしれない。素晴らしいことだと思う。過疎化した地域を、つまり時代が見捨てたものにもう一度価値を見いだすのは、「⚪︎⚪︎が好きである」という自分の感性を自分が肯定している人の出来ることである。でも本来誰もがそうあるべきなのだ。都市生活っていうのは、「あなたの代わりはいますよ」と絶えず言われ続けているようなもので、その声を振り払って「それでも生きる」ということを選択する、という戦いが始終続いていくようなもの、であった、わたしにとってはね。それは「あなたが⚪︎⚪︎を好きなことはどうだっていいんですよ」とニアイコールなので、島のような場所で、自分の好きなものだけで自分の宇宙を構築するのは、つまり真逆のことなのですよ。なんか、それが出来る環境に来て思うのは、自分の宇宙を構築する、というのは、比較してどうというのでも、歴史的な、裏打ちされた幅広い知識や認識がどうでもなく、ただただその人の感受性に従って生きるということだけで、人は全く違うし、誰とも似ていないし、全く超個性的なのだ。その人間という生き物の、そこにユニットされた魂のユニークさに、わたしは今世初めて触れて、初めて体験している。ららら。