一番は、干し芋食べた時かな。島の人が作った安納芋のきれいな黄色の干し芋、スーパーで売っていたので買って食べた。おそらくお芋も島産の芋。本当に何でもある!とばーんと思った。大三島に住んで8ヶ月。一次産業に携わる人の多いこの島は、近隣の農家さんが道の駅やスーパーの地場野菜のコーナーに卸しているので、旬の採れたてのものをとっても安く買うことが出来る。特殊な野菜や、時期を外しているものは手に入りにくいけれど(セロリなんかは作っている人を見ない、人気がないのだろうか)、瀬戸内海の島、みかんだけじゃない。栗、あけび、桃、柿、無花果、銀杏…干し芋、まだ季節を一周してないんだから総括には早いんだけど、でも、なんでもあるんだよこの島は…。島だからこうな訳ではないらしい。農家さんが少ない島もあって、観光業や造船業やら別の産業がある島は、普通に農協が全国から流通させている野菜が少々高く、鮮度も良くなく、届くらしい。大三島は牡蠣の養殖だってやってるんだよ…。魚も抜群に旨いし…。にんにくがね、買おうと思ったら国産のが高くてさ、あまりに高いから、お店で聞いたよ「皆さんにんにく何処で買ってるんですか?」って。そしたら、旬になると道の駅ににんにくが並ぶんだが、そこで買って、庭に埋めて自分で育てるんだそうだ。知らなかったよー…。そんな風に、自給自足とか育むとかが、髄からしみ込んですごい高みにいるような人たちに思えます、この島の人々は。家の縁側から見えるみかん畑の裏の山が、赤や黄色や緑の小さな葉っぱが、日の光にぴかぴかしていると、それをみているだけで何かとても充実した気持ちになる。時間帯によっては反対側の山。ぴかぴかして、きらきらして、晴れでも雲が多くても、きれい。どんなものよりもきれいに見える。朝、空に雲がしゅーっと流れて、毎旬何かに保存してみんなに見てもらいたいくらい美しい。何か特殊な雲でも、写真家が喜びそうな雲でもないのだけど、なにか感謝というか、something grateが雲の形になっているんじゃないかとぼんやり思うような、であるからそんな時、そんななんでもない時、この瞬間、ここにいることを大きな力に肯定されていると感じる。一昨日、横から生えてる親知らずを抜いて、腫れて顔が変形しちゃってる今日。普段は避けている薬、ずっと切らさず飲んでいる、痛み止め、痛いのよ、夜寝られないくらい…。そろそろ腫れのピークだそうなので、このまま引いてくれたらいいなあ、おかゆばっかり食べて、スジ肉とか食べたい気分…。Yくんやお子に協力してもらいながらしまなみ街道を通って歯医者に通っているけれど、交通費はかかるんだけど、アースカラーに色づく山の低木が、岩肌が、「ここは日本か?」と思えるくらい美しい。この充実感、この満足度、何に感謝してもしきれないくらい、今の暮らしに感動している。すごいよね。ずっとここ数年間、下手したら子供の頃からずっと、問い続けてきたものの答え、があるような気がする。「どうしてこんなに心が落ち着かないの?」「どうして人よりも足りないような気がするの?」「本当にこれはお金を稼いで買わないと手に入らないの?」「安定して飼われている状態を幸せと思えないのはどこか問題があるの?」「人を押しのけて嘘を付いて有名にならないと成功じゃないの?」「不必要なものを売り続けて体に悪いものを売り続けて、お金がたくさん回る社会を本当に続けないといけないの?」ばかみたいだけど、幼稚に聞こえるけど、多分この日記はそんなことを問い続けていて、でもぽーんと場所が変わって、ふっとこれらの疑問が遠くなって、少し離れたところから見ている、今。人が命をもらって地上に生きて、そこでのテーマに対して上記の疑問は、枝葉にすぎないんだなあ、本質じゃないんだなあ、だからそういういらない皮みたいなものが剥がれて、今やっと楽になって、ここからが学びだ、やっと始まったんだ、生まれたての、白菜の真ん中の柔らかい葉っぱみたいな感じ。
一番は、干し芋食べた時かな。島の人が作った安納芋のきれいな黄色の干し芋、スーパーで売っていたので買って食べた。おそらくお芋も島産の芋。本当に何でもある!とばーんと思った。大三島に住んで8ヶ月。一次産業に携わる人の多いこの島は、近隣の農家さんが道の駅やスーパーの地場野菜のコーナーに卸しているので、旬の採れたてのものをとっても安く買うことが出来る。特殊な野菜や、時期を外しているものは手に入りにくいけれど(セロリなんかは作っている人を見ない、人気がないのだろうか)、瀬戸内海の島、みかんだけじゃない。栗、あけび、桃、柿、無花果、銀杏…干し芋、まだ季節を一周してないんだから総括には早いんだけど、でも、なんでもあるんだよこの島は…。島だからこうな訳ではないらしい。農家さんが少ない島もあって、観光業や造船業やら別の産業がある島は、普通に農協が全国から流通させている野菜が少々高く、鮮度も良くなく、届くらしい。大三島は牡蠣の養殖だってやってるんだよ…。魚も抜群に旨いし…。にんにくがね、買おうと思ったら国産のが高くてさ、あまりに高いから、お店で聞いたよ「皆さんにんにく何処で買ってるんですか?」って。そしたら、旬になると道の駅ににんにくが並ぶんだが、そこで買って、庭に埋めて自分で育てるんだそうだ。知らなかったよー…。そんな風に、自給自足とか育むとかが、髄からしみ込んですごい高みにいるような人たちに思えます、この島の人々は。家の縁側から見えるみかん畑の裏の山が、赤や黄色や緑の小さな葉っぱが、日の光にぴかぴかしていると、それをみているだけで何かとても充実した気持ちになる。時間帯によっては反対側の山。ぴかぴかして、きらきらして、晴れでも雲が多くても、きれい。どんなものよりもきれいに見える。朝、空に雲がしゅーっと流れて、毎旬何かに保存してみんなに見てもらいたいくらい美しい。何か特殊な雲でも、写真家が喜びそうな雲でもないのだけど、なにか感謝というか、something grateが雲の形になっているんじゃないかとぼんやり思うような、であるからそんな時、そんななんでもない時、この瞬間、ここにいることを大きな力に肯定されていると感じる。一昨日、横から生えてる親知らずを抜いて、腫れて顔が変形しちゃってる今日。普段は避けている薬、ずっと切らさず飲んでいる、痛み止め、痛いのよ、夜寝られないくらい…。そろそろ腫れのピークだそうなので、このまま引いてくれたらいいなあ、おかゆばっかり食べて、スジ肉とか食べたい気分…。Yくんやお子に協力してもらいながらしまなみ街道を通って歯医者に通っているけれど、交通費はかかるんだけど、アースカラーに色づく山の低木が、岩肌が、「ここは日本か?」と思えるくらい美しい。この充実感、この満足度、何に感謝してもしきれないくらい、今の暮らしに感動している。すごいよね。ずっとここ数年間、下手したら子供の頃からずっと、問い続けてきたものの答え、があるような気がする。「どうしてこんなに心が落ち着かないの?」「どうして人よりも足りないような気がするの?」「本当にこれはお金を稼いで買わないと手に入らないの?」「安定して飼われている状態を幸せと思えないのはどこか問題があるの?」「人を押しのけて嘘を付いて有名にならないと成功じゃないの?」「不必要なものを売り続けて体に悪いものを売り続けて、お金がたくさん回る社会を本当に続けないといけないの?」ばかみたいだけど、幼稚に聞こえるけど、多分この日記はそんなことを問い続けていて、でもぽーんと場所が変わって、ふっとこれらの疑問が遠くなって、少し離れたところから見ている、今。人が命をもらって地上に生きて、そこでのテーマに対して上記の疑問は、枝葉にすぎないんだなあ、本質じゃないんだなあ、だからそういういらない皮みたいなものが剥がれて、今やっと楽になって、ここからが学びだ、やっと始まったんだ、生まれたての、白菜の真ん中の柔らかい葉っぱみたいな感じ。