空を、山を、道端の花を美しいと感じるのが、この世界を作った存在からのギフトだとしたら、わたしが初めてYくんに会った時「これはわたしの人生に対してのご褒美だ」と感じたように、この島に住んでいるという今の状況はとてつもないサプライズギフトだ。自分勝手に雑草の生えるままの土地を見られない場所に住んでいたのだなあ、と思い出す。そして今は違うのだなあ、と分かる。今自分の子供が育つ様を見て、わたしは世界が豊かにわたしに面白いものを体験させ続けてくれることを疑いも無く肯定していたことを思い出している。それがある時期からそうでないことを信じ始め、そして再び元の自分と出会った。今、世界がポジティブに広がっていくことを完全に信頼しているのに、わたしは静かな暗さも含めた世界が好きだ。それはわたしの中に生まれたネガティブを、ポジティブに変容させたからで、体験した振れ幅が、わたしの知っている世界の範囲だから。変容した過程に起きた全てのグラデーションを愛す。それが肉体を使ってこの世界を知るということなのだろうと思うからだ。自分の知っているネガティビティの中だったら、わたしはそれを持っている色彩の一つとして扱うことが出来る。引っ張られたり影響されたりせず、「それがそれであるもの」として見ることが出来る。そのことはシェアされるべき体験で、体験するということに安心していいのだと他人と確認しあうことが、今はわたしにも出来る。著作権って何だ。魂によって経験された全てが書かれているのだったら、お金の価値が変わる時、その概念も死語になっていくかもしれないね。
空を、山を、道端の花を美しいと感じるのが、この世界を作った存在からのギフトだとしたら、わたしが初めてYくんに会った時「これはわたしの人生に対してのご褒美だ」と感じたように、この島に住んでいるという今の状況はとてつもないサプライズギフトだ。自分勝手に雑草の生えるままの土地を見られない場所に住んでいたのだなあ、と思い出す。そして今は違うのだなあ、と分かる。今自分の子供が育つ様を見て、わたしは世界が豊かにわたしに面白いものを体験させ続けてくれることを疑いも無く肯定していたことを思い出している。それがある時期からそうでないことを信じ始め、そして再び元の自分と出会った。今、世界がポジティブに広がっていくことを完全に信頼しているのに、わたしは静かな暗さも含めた世界が好きだ。それはわたしの中に生まれたネガティブを、ポジティブに変容させたからで、体験した振れ幅が、わたしの知っている世界の範囲だから。変容した過程に起きた全てのグラデーションを愛す。それが肉体を使ってこの世界を知るということなのだろうと思うからだ。自分の知っているネガティビティの中だったら、わたしはそれを持っている色彩の一つとして扱うことが出来る。引っ張られたり影響されたりせず、「それがそれであるもの」として見ることが出来る。そのことはシェアされるべき体験で、体験するということに安心していいのだと他人と確認しあうことが、今はわたしにも出来る。著作権って何だ。魂によって経験された全てが書かれているのだったら、お金の価値が変わる時、その概念も死語になっていくかもしれないね。