皮剥いで行こう〜つったららったった〜皮剥いで行こう〜つったららったった〜自分の心がムーブするものを一生懸命、やや強制的に探していたら(それはコミュニティラジオの番組で必要だから)、ついつい感動しちゃう「BTSの誰かがどう言ったかじゃなくて自分が何をどう影響されたのか自分の言葉で言って」とYくんに言われた時から、ぱかーんか、かちーんか何かが外れて、そうそうそっか、それであったよ、何かがはっきりとした瞬間。今回の人生は今回限りなんだから、いつか死んでしまうのだから、好きな服を着て、好きな時間を過ごそう、嫌々着ている服は処分して、周囲に違和感を与えないように馴染むように選んでいた服装を止めよう、自分らしく自分の着たい服を来ていたら、ママ同士の集まりでもう何かを言う必要はないじゃないか。と思った。ジェンダーフルイドという新しい言葉をゲットする。ビリー・アイリッシュちゃんの歌とスタンスに感動して、感心する。悲しみじゃない、怒りだと。んー!若い人は怒っている。若い人達が怒ったら本当は怖いと思う、ビリーちゃんが言うように、いつもどこかの学校で乱射事件がある社会、理不尽、不条理、けど、彼女を始め素敵だと思うのはそのアティチュードが破壊や攻撃じゃない形、彼女のライブは人々の心に再創造をアプローチしているように見えて、彼女と一緒にオーディエンスが、一句一句詩を歌っているのが驚いた(BTSのライブでファンが声を張り上げているのも最初は驚いたけど)。あの場所でファン達彼らが体験しているものってどんなものなんだろうなー。肉体は分離しているけれど、魂レベルで共有しているものがある、繋がっているという実感だろうか?わたしは最近「豊かさ」を、その人の体を出たり入ったりして通り抜けるエネルギーの量だと思っていて、差し出すもの、受け取るもの(ここでは分かり易くポジティブなものということにしよう)、その一度に流れる量の多さ、パイプの広さが、その人の人生を豊かさなんじゃないかと思っている。愛とかさ。「愛」は随分日常語になったよね!22歳くらいのわたしが、キャンプカウンセラーの講習会で一番大切なものは何だと思うかの問いに「…やっぱり愛だと思います…」と答えた時の(うっわどういうこと!?)と自分でさえ思ったあの時(15年前だ)と比較したらば。そう!はっきり言うと、経済的な豊かさの為に子供の魂が(あるいは動物達植物などが)犠牲になること、それを変えるべき不条理と考えるか、「それがこの世のシステムだ」と飲み込むのか、で、はっきりと言動が分かれ、人種が分かれ、住む場所が分かれていく前兆を感じる。お金のことを最上位に持ってくる人に会うと本当に普段接する人と違いすぎてびっくりする!多分東京に住んでいたらそんなに違和感を感じなかったんだろうけど…。どちらに正しさがあるという話ではなくて、得たい体験が異なるというだけの話なのだけど。BTSの「Spring Day」が、もしかしたらセウォル号で亡くなった人の魂のリトリーバルの歌なのかもしれないと思うとその役割に本当に驚愕して、「jamais vu」が解散を考えた原因という説のある自殺してしまったK-popアイドルに宛てたものなんじゃないかと思うと、身近にうつ病で自殺した人がいたら本当に本当にレメディと言いたくなる気持ち…そして誰も死に進む人を止めることが出来ない無力を知っているからこそ、言っていることがよく分かる…。どちらも経済的な成果を求めるシステムの前に、失われてしまった若者の魂と幸せな人生を体験する可能性なのですよ。これを怒らずにいられようか。そして怒りとしてでなく、表現する若者達の魂の強さよ。だけど、人々がどうするべきかということは、正しい解はなくて、わたしはそこに何かをいうつもりはなくて、人はそれぞれ、ぞれぞれ思うようにしたらいいんです。ただ、若いアーティスト達の発していることに、自分が理不尽さが変わるべきだとずっと怒りを抱いていたことを思い出し、島のきれいな自然な美しさに包まれて心の中のずれていたものが日々少しずつ元の形に収まって行って、力強く自分自身を生きている大人の人たちの顔に普段から接し、そうやってわたしは今の状態になった。心の底の底の、魂が求めていること、声は、そこにそれがあるということを知らない人、それを聞くこと、それを実行すること、それぞれの人にそれぞれ、段階全てにシンプルでないハードルがあるのです。そこで最初に戻るんですよ!皮剥いてこ〜つっつるつっつっつ〜わたしはこれからの人生、ハートの声をよく聞いて、外側の皮をエゴとか自意識とか劣等感とかトラウマとか思い込みとか、一枚一枚はがしていくのだ。ハートがむき出しのピュアな状態になるまで。その状態で日々過ごせるようになるまで。周りの皮をクリーンにしていくのだ!
皮剥いで行こう〜つったららったった〜皮剥いで行こう〜つったららったった〜自分の心がムーブするものを一生懸命、やや強制的に探していたら(それはコミュニティラジオの番組で必要だから)、ついつい感動しちゃう「BTSの誰かがどう言ったかじゃなくて自分が何をどう影響されたのか自分の言葉で言って」とYくんに言われた時から、ぱかーんか、かちーんか何かが外れて、そうそうそっか、それであったよ、何かがはっきりとした瞬間。今回の人生は今回限りなんだから、いつか死んでしまうのだから、好きな服を着て、好きな時間を過ごそう、嫌々着ている服は処分して、周囲に違和感を与えないように馴染むように選んでいた服装を止めよう、自分らしく自分の着たい服を来ていたら、ママ同士の集まりでもう何かを言う必要はないじゃないか。と思った。ジェンダーフルイドという新しい言葉をゲットする。ビリー・アイリッシュちゃんの歌とスタンスに感動して、感心する。悲しみじゃない、怒りだと。んー!若い人は怒っている。若い人達が怒ったら本当は怖いと思う、ビリーちゃんが言うように、いつもどこかの学校で乱射事件がある社会、理不尽、不条理、けど、彼女を始め素敵だと思うのはそのアティチュードが破壊や攻撃じゃない形、彼女のライブは人々の心に再創造をアプローチしているように見えて、彼女と一緒にオーディエンスが、一句一句詩を歌っているのが驚いた(BTSのライブでファンが声を張り上げているのも最初は驚いたけど)。あの場所でファン達彼らが体験しているものってどんなものなんだろうなー。肉体は分離しているけれど、魂レベルで共有しているものがある、繋がっているという実感だろうか?わたしは最近「豊かさ」を、その人の体を出たり入ったりして通り抜けるエネルギーの量だと思っていて、差し出すもの、受け取るもの(ここでは分かり易くポジティブなものということにしよう)、その一度に流れる量の多さ、パイプの広さが、その人の人生を豊かさなんじゃないかと思っている。愛とかさ。「愛」は随分日常語になったよね!22歳くらいのわたしが、キャンプカウンセラーの講習会で一番大切なものは何だと思うかの問いに「…やっぱり愛だと思います…」と答えた時の(うっわどういうこと!?)と自分でさえ思ったあの時(15年前だ)と比較したらば。そう!はっきり言うと、経済的な豊かさの為に子供の魂が(あるいは動物達植物などが)犠牲になること、それを変えるべき不条理と考えるか、「それがこの世のシステムだ」と飲み込むのか、で、はっきりと言動が分かれ、人種が分かれ、住む場所が分かれていく前兆を感じる。お金のことを最上位に持ってくる人に会うと本当に普段接する人と違いすぎてびっくりする!多分東京に住んでいたらそんなに違和感を感じなかったんだろうけど…。どちらに正しさがあるという話ではなくて、得たい体験が異なるというだけの話なのだけど。BTSの「Spring Day」が、もしかしたらセウォル号で亡くなった人の魂のリトリーバルの歌なのかもしれないと思うとその役割に本当に驚愕して、「jamais vu」が解散を考えた原因という説のある自殺してしまったK-popアイドルに宛てたものなんじゃないかと思うと、身近にうつ病で自殺した人がいたら本当に本当にレメディと言いたくなる気持ち…そして誰も死に進む人を止めることが出来ない無力を知っているからこそ、言っていることがよく分かる…。どちらも経済的な成果を求めるシステムの前に、失われてしまった若者の魂と幸せな人生を体験する可能性なのですよ。これを怒らずにいられようか。そして怒りとしてでなく、表現する若者達の魂の強さよ。だけど、人々がどうするべきかということは、正しい解はなくて、わたしはそこに何かをいうつもりはなくて、人はそれぞれ、ぞれぞれ思うようにしたらいいんです。ただ、若いアーティスト達の発していることに、自分が理不尽さが変わるべきだとずっと怒りを抱いていたことを思い出し、島のきれいな自然な美しさに包まれて心の中のずれていたものが日々少しずつ元の形に収まって行って、力強く自分自身を生きている大人の人たちの顔に普段から接し、そうやってわたしは今の状態になった。心の底の底の、魂が求めていること、声は、そこにそれがあるということを知らない人、それを聞くこと、それを実行すること、それぞれの人にそれぞれ、段階全てにシンプルでないハードルがあるのです。そこで最初に戻るんですよ!皮剥いてこ〜つっつるつっつっつ〜わたしはこれからの人生、ハートの声をよく聞いて、外側の皮をエゴとか自意識とか劣等感とかトラウマとか思い込みとか、一枚一枚はがしていくのだ。ハートがむき出しのピュアな状態になるまで。その状態で日々過ごせるようになるまで。周りの皮をクリーンにしていくのだ!