| 20210502 |

 


とりとめないことを、とりとめなく味わう豊かさ。何事にも、何者にもなれず、目的地なく、無為の自分のための時間。みずみずしくたっぷりと用意されたわたしの時間。ゆたかなからだ。実験と試行錯誤を許すゆとり。夜のおやつ。何かを探して、ことばを、問題提起を、愛を、答えを、新しい形、新しい世界、新しい秩序、新しいものを構築せんとするその心の内側の動機を。世界が、自分が次の形に向かうならば、どうしたって避けられない、現状大きく立ち塞がる問題の数々。自分の見た目も変わってしまって、誰にも会いたくない。そういう時こそ会うべきなのか、そうなってしまったら会えないのか…。人と会って分かるのは自分のことだから。自分がどう生きたいかだから。「普通の人」が出来ることが出来なくなって、自分の価値を信じられなくなってしまって、「そんなこと言わないでください。あなたは何が出来ても出来なくても、そこにいるだけであなたなんですから。自分のことを好きでいて、自分を大事に思っていてくれたらそれだけでいいんです」。とはいえ、人は、ある段階から全ての機能において徐々に欠損していくのだ。若くて、それが見えやすい部位だったら、他人はびっくりしたり、違和を持つかもしれないけれど、実際には全ての人に起きているのだ、死に向かって。人が皆、生きながら、どこかを欠損し続けながら生きているのなら、やがて肉体の全ての部分が土に還るのなら、部分が早いか遅いかの違いで、生きているのなら、欠損は欠損じゃない、全てが腐るまで、生きている部位を使って、フルに生きなくては。第二次性徴と性体験。性に興味を持ったり、相手の体に自分の体が興奮したりすること自体や、それに興味を持つことは普通のことだけれど、そこに色んなポジティブな新しい感覚や感性があるのと同時に、若者の性に、そこにはポジティブなものばかりではない。性体験の前に、「思いやり」が本当の意味で分かっていることが必要なんだなと、夜、目が覚めて眠れない時間、自分の過去を遡っている間に気がついた。「言えなかった言葉たちが心の中に固まっている」。それは自分で自分の望むことを理解していなかったからでもあるし、望まないことを理解していなかったからでもあるし、それは相手に対してもそうで、しかしそれはきっと、それを理解する方法は若くたって持てるのじゃないかと思うのだ、例えば森林の中でサバイバルトレーニングみたいな、チームと信頼とが必要な場面などで…イメージだけど…。でも本質的な意味で、相手に対して「思いやり」というものが理解されるまで、性体験は未来にとっておいてもいいと思うんだよね、だってそれがあるとないとでは別物だし、ないものは、うーん、あるものに比べたら人生においてそれほど重要な体験ではないように思う。でもそれは体験したい人の自由なのかな?でもそこに自分の考えがあることが大切だよな。子供がいる以上、別の人格とは言え無関係ではないし。と、突然寝ていて思ったのですよ。相手に対しての思いやり、それは愛とも言えるのかもしれないけど、他者が良い状態でいることを条件なく願う気持ち、自分に対しての思いやり、自分が望まないことを受け入れないことを選択出来ること、自分をかわいそうな目に遭わせないこと、自分だけのエゴイスティックな考えじゃなくて、他者の幸せを願えること。もしも自分が死んで子供が残されたら、と考える。いずれ自分は死ぬし、それは子供より先に起こるであろう。そしたら生きている間に、子供が本質的に望んでいることは、理解できなかったとしても、肯定できなかったとしても、やらせてあげようと思った。だって自分が生きている間にチャレンジして失敗したのなら、親は手助けできる。一緒に悲しむこともできる。でも失敗しないように誘導して、親の価値観で生きさせて、自分が死んだ後に失敗したら、助けてやることは出来ない。産後、特に移住に対してモチベーションがあがったのは、「自然の多いところで子供を育てたいから」じゃなくて、「もし都市部で被災したら、乳飲み子を抱えてわたしは精神的に安定を保てる自信がない」であったことに、過去の日記を読み返して気づいた。島の人といて、自然体で悪口が多い。とめどなく!どうして自分がここにいるんだろう、きっと望んでいるからいるんだろう、ここに自分の得たいものはなんだ?そう思った時、「いい人になろうとすらしていない」という直感が浮かんだ。その人はそれが自然体であった、何かになろうとするのでなく。なにかおおきな答えのようなものが、浮かんでいる気がした。瀬戸内の、島の間にぽっかんと浮かぶ月のように。みんな全部つなげて、ひっつけて考えたくなってしまう、それは適切なのか否か?ヨガ、またやりたいし、それが誰とだっていいや、ヨガをするのは自分だから、自分との対話を先生は手助けしてくれるだけだから。わたしの後頭部が写った、他所の島のガイドブック、それを作った情熱と根気とていねいさ、全部つながって全部ひっくるめて、わたしにささやいている、アドヴァイスと、ヴァイオリンと、ショパンのクライマックスでテンションが緩むロマンチックさと。