夜更けて、寒すぎもせず。ストーブで火照った頬を廊下の空気が落ち着かせる。ざわざわして物足りない、乾き、うずき、怒り、不満はどこからくるのだろう。物足りない私の中にいる子は誰?ふてくされてる子は誰?ピンクのチュチュの、やせっぽっちの女の子。椅子に座って足を投げ出してる女の子。「つまらない」。やさぐれてる。話し相手がいないの?「息ができない。ここじゃ自由に手足を伸ばせない。勢いよく、体の、筋肉を目一杯、心のままに打ち付け、振り回し、叩きつける、スパークリングするような、ダンスがしたいのに」。鬱屈したエネルギー。「あの人たちは抑圧されている。抑圧されていることにこちらも抑圧されてしまう。無意識に押さえ込んで、共通のトーンで流れている感情を特に多く、その川を流してしまう、彼女たちとおなじ波動の川、そこを流れる言葉。抑圧の言葉。わたしは不自由でいたくないのに」。どうしたら自由になれる?「小さなステップを踏んで。そして息をついて。初めは簡単なリズム。彼女たちの中にある自由な心に、少しずつその響きが、振動が伝わる、それは潜在的に欲しているバイブレーション。本能が理解しているバイブレーション。わたしは攻撃したいわけじゃない。びっくりさせたいのでも、刺激を与えたいのでもない。ただ抑圧の毒が苦しいだけ。お互いに毒を味わい合う場が苦しいだけ。いばらの鎖を外して、小さくリズムを打ち鳴らせ。体のリズム。こころの鼓動。空気とダンスを踊るだけ。波のきらめきとダンスを踊るだけ。こどもたちとダンスを踊るだけ。自由の言葉を少しだけ音に変えて。たくさんはしゃべらなくていい。自由のリズムに体を預けて。空気の流れに沿って、体を緩めるだけ。誰がいようと関係ない。ただ自分がひとり、緩んでそこにたゆとうだけ。煩いを流して。固めずに、風に散らせて。空気の中の神様と話して。それがわたしの修行。それがわたしの教室。それがわたしのクラスの次のレッスン」。草を愛で、背骨に土を感じ、ああ、そうだね、あの時を思い出して、若者がたくさんいた、道路に寝そべって、自由な国の言葉を話した、みんな魂を開いて、あたらしい自分との架け橋を大きくかけて、わたしたちはそれをお互い見ていたね、きらきらしていたね、まぶしかったね、きれいだったね、うつくしかったよ、この世界で魂が触れ合うことは、なんという楽しみ、喜び、興味深い、ギフト、刺激、贈り物、本質、なんだろう。その剥き出しになったところの、ピュアな喜び。あのときだって、本当はそう思った一瞬の他は苦しい時間がたくさんあったのかもしれない。でも新しい見たことのない輝きがスパークするのを、その一瞬はいつまでも心に焼き付いて忘れない。今でもわたしに刺激をくれる。力をくれる。もう一度踏み出すための。新しい皮を剥くための。一歩踏み込むための。心を開いて、自分を開いて、世界に対して、輝いてわたしの光を取り出して、外に掲げるための。輝いている心で世界を見るための。可能性だけを、ジャッジせず、開いたままで、本質を、込められた奇跡を、真心を、愛を、美しさを、光と光が出会うのを、堰き止めず、澱ませず、ただきらきらと、きらきらと、きらきらと、芝生に寝転ぶ。わたしは自由なの。注射もしない。誰もわたしに指図できない。抑圧されていない。姑の支配も受けていない。誰の支配も受けていない。誰の生活スタイルにも押し込められていない。誰の指示にも支配されていない。わたしは全てをわたしが選んでいる。わたしの好きで大切にしているものに沿って生活している。生きている。わたしの大切にしているものを大切にして生きている。誰に向かっても誰に対してもわたしはそうあっていいし、そうでいることを誇りに思って、喜びを持って、「わたしは自分の喜びのうちに生きている。誰の指図もなく生きている。わたしの選んだ愛した自由と共に生きているのよ。好きなことを好きなだけ大切にしながら生きているのよ。だから大丈夫。だから安心している。だから何も怖くない。だから全ての体験はすべて必要から生まれている。すべての困難はわたしが望んで体験している。全ての現実はわたしがクリエイトしている。だからわたしは安心している。安心して立っている。だから大丈夫。安心して。あなたが見たことのないものがわたしのまわりにあっても大丈夫なの。不安にならなくて大丈夫だよ。わたしの愛するものしかここにはないから。わたしの糧になるものしかここにはないから。怯えないで。恐怖しないで。否定しなくても大丈夫。わたしはここにいる。