| 20220329 |

 


きみはぼくで、ぼくはきみか。この漫画の登場人物も、崖っ淵でぎりぎり立っているようなこの人も、隣の人の優しさの影にぽっかり開いた喪失にまったく気付いてこなかった間抜けなぼくも、SNSで日がな他人の粗をあげつらうあの人も、それでいて育ちの良い言葉遣いのあの子も。ぴんと張った透明な糸、神の意図、脳の神経と同じく、シナプスの信号が起こす共時性のドミノ、となりへ、となりへ、わたしのピース、何だろう。だけどわたしから、ゼロから始まるものなんて何もない。全ては「ある」から、わたしの方に向かって押されて、わたしは押されて、「出る」。「成った」。次の形へと流れが変えて、ぽこんと生み出された何か、単語、アクション、動作、感情、感動、愛が満ちていれば、叡智は自然に入るという。宇宙に孤独はないという。愛が、愛が、愛は全ての放免する手帳か何か?そうじゃない。孤独も、罪も、分離も、たった一人で誰にも助けてもらえず、見向きもされず、見放されて、冷たく、取り残された気分を心ゆくまで味わうことすらできる。白い四角い何も空っぽの箱に閉じ込められて、永遠に出してもらえないとしたら、その魂にはどんな救いが差し伸べられるのだろう。きみはぼく。ぼくはきみ。