| 20260711 |

 


自分について分かったことがあった。わたしはピアノで魔法を発現させたいのだ。しかしその道のりはくっっっっっっっっそ遠い。でも、形が出来上がって、そこからが初めて楽しいと思える。それがクラシックの型か。ほう。自分について分かったことがあった。自分の言葉でしゃべらない人を信用していないこと。借り物の言葉をそのまましゃべって、その部分について、本当は自分がどう思ってるのか、考えてないし、知らない、だからその人が本当はどういう人なのか、こちらから知ることができない。未知。だから怖いんだ。自分について分かったことがあった。わたしは、身近な人に「尊重されていない」と感じると、自分のことを捨てたくなってしまうのだということ。どうせみんないらないんだ、わたしもいらない。期待に応えられなくて、がっかりして、悲しい、そんな時ほど、世界でわたしだけはわたしを何からも守ってあげなくてはいけなかったのか。大切な人が、身近な人が守ってくれなければ、わたしがわたしを守るのか。そして、それは許されているのだ。自分について分かったことがあった。わたしが本気で本当の気持ちを感じようとしたら、「嫌だ」という感情だけで身体を破壊できる。これは…通りで封印されていたはずだわ…この想いの強さでは、「嫌だ」と思うだけで、あらゆることが経験出来ない。もしかして妹はそうだったのかな。だからあの子は精神病棟に入院したのかな。母はとにかく封印しようとした。「感じないように」。そのブロックを外して、感じることを許可したら、めまいで倒れた。そこからはなんだかふわふわした感じ。もう嫌なことを嫌々ながらするという選択肢が選べなくなっている、多分。「意識」の「ともこ」は、もう分かった。分かったということにする。「ともこ」がどういう人間で、何をして、何をしたいのか、分かった。分からないのは無意識の部分だ。わたしは周囲に無意識で反応している。そして、無意識の反応はコントロールできない。シュチュエーションと、テーマ(在り方)だけ決める。お客様に無条件の愛をお渡しする。それで自動運転になる。設定しないとカオスの無意識が出て来てしまう。そうか、その設定が大事なのか。そして、あとはやりたいことをやりたいようにやる自分を信用している。すべて、あるべきことがあるべき場所に、今、この瞬間、あるがままで完璧なんだということに身を委ねる。そういう愛のプールに身を浸してる。無意識のともこ。何が出るかお楽しみ。尻拭いするのは意識のともこ。だけど、多分、本当は、尻拭いしなければならないようなことは何も起きていない。あ、そうか、これって、神様の力なの?無邪気。